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時間的都合、インターネットへの環境都合など更新も思うようにいきませんが、適時文章、写真の更新、修正していきます。Hama

Ameria
what's happen!
Cost
9/8

 

今日は、両親とおじが日本から合流する。このためにフランス、スイスと駆け足で通り抜けてきた。でも、やはり人に会う約束があると、メリハリが出ていい。さもなければいつどこへ行ってもいい風来坊のようになってしまう。
空港到着が夕方6時過ぎなので、午前、午後と時間がある。実は、ミラノはホテルの手配が大変だったのだ。それというのも 「ミラノ フォーミラー1グランプリ」が開催されているからだ。
やはり、それでは、この時間を利用して、その苦労させられたF1を見に行ってみようではないか!ということでミラノセントラルステイションから列車に乗って1時間ほどの『モンサ』まで向かう。そこからバス、徒歩で焼く50分ほどでグランプリ会場へついた。
もちろんチケットは無い。会場で買うか、雰囲気だけを楽しむか。。 レセプションで尋ねるとチケットはあるという。「45ユーロ」とのこと。『約¥7,000か。。ちょっと雰囲気を見るには少し高い。ダフ屋で聞くと40だとの事。これではレセプションで買っても同じだ。』交渉を続けるとなんと20ユーロまで下がった。『これならいいだろう』と会場に入った。『でも、これって、日本からわざわざF1見に来る人は手数料まで払ってきて、なんかかなり違うな〜〜』などと思いながら。。


 




     
 

ホテルは、ダウンタウンから遠かった。『サン・ドナード』という駅で列車で20分ぐらい。さらにホテルはそこからシャトルかタクシーかバスだ。私にはいいが、両親、まして初めて海外に来た叔父にとっては、いささか面倒だろうし、印象が悪くなってしまうだろう。
今日は、ダビンチの『最後の晩餐』だ


ミラノから花の都フィレンチェへ移動する。ユーレールパスでの移動だ。
約3時間 イタリアの車窓を眺めながらフィレンチェへつく。フィレンチェでは駅からすぐのホテルだった。
また、ついてすぐに『サイトシーイング バス』でフィレンチェの街全体を見ることができた。(日本語の案内つきだ)フィレンチェの街の大きさを把握し、食事へ出た。
イタリアに着てから、本当のイタリアらしい食事をした。


フィレンチェから列車で約1時間の『ピサ』へ向かう。そう、あの『ピサの斜塔』だ。途中、ピザはピサから来ているのかな〜〜などとあまりにも馬鹿なことを言いながら・・・

フィレンチェからローマへ。1時間40分というあまり長くない移動と、すでにイタリア5日目 ということでだんだんみんな身軽になってきたようだ。ローマでもホテルに荷物を置いたら、サイトシーイングバスに乗って、街の大きさを把握して、必要なところで下車しようと だんだん旅慣れてきて効率的になっている。

ローマでは、コロッセオ・トレヴィの泉・スペイン広場などを回った。さらにヴァチカン王国へも立ち寄った。
ココは、国なのか、イタリアの領土なのか、イタリアの一部なのか良くわからない。ガイドには『ヴァティカン市国』となっている????


今日は、いよいよ両親たちが帰る日だ。両親も叔父も喜んでいてくれたようだが、一番助かったのは 俺だろう。一人でずっと旅を続けなければ行けないところをわざわざイタリアくんだりまで来てくれるのだから。。。
実は、8/30に母親が突然癌の告知を受けた。少しイタリアに来るのを悩んでいたようだが「海外も最後になるかもしれない」とのことで、来ることになった。『う〜ん、考え方によっては、もしこのイタリア旅行の計画より前に癌の告知を受けていたら、絶対にこの計画は無かっただろう。』『きっといいタイミングだったんだな。。。』と思う。。。 こととした。

 
   
 

9/15

さてと、いよいよギリシャに移動をしよう。解決しなければならない問題は山済みだ。まず、フェリーがとっていない。取れなかったらバーリーに宿泊だな。。
バーリーまでが約5時間。フェリーまでの待ち時間が約5時間、フェリーが17時間 トータル27時間の移動だ。『なんか飛行機で行ったほうが良くない???』昨日イージージェットは、0.1ユーロからチケットがあるという。要は座席に空があれば販売してしまうのだ。。

いま、バーリーのフェリー乗り場に着いた。チケットが買えた。『フー』一つ一つ作業をクリアしていく。日本にいるときの10倍のパワーが必要だ。まだ、今回の旅は出発して50日も発っていないが、まるで10ヶ月ぐらい生活しているようだ。
さてと、フェリー乗り場についてから2時間 PCを打ち続けた。かなり暇がつぶれた。『後どのくらい続くだろう。この人生という《最高に楽しい暇つぶしのゲームが》』などと思いながら。。「あと17,8時間後にはギリシャだ」

ギリシャの港へ着いた。そこからは、バス、メトロを乗り継いでアテネの市外まで入る。
トータル34時間の移動だった。アテネに入ると予定していた列車がすでに満員だという。次の列車は3時間後。これでは、市内に着くのが夜になってしまう。
急いで、バスを探す。そこには慌てふためく外国人のカップルが・・・・ 私に「バスはあるかな〜〜」と尋ねる。『わかるはずが無い。私だって初めての年なのだから・・・、やっぱり日本人だけでなく完璧に英語がしゃべれる外国人も慌てるのだな〜〜』と実感した。バスに乗り、メトロに乗りアテネに着いた。

アテネでは、有名なパルテノン神殿などを見ながらすごした。ゲストハウスでニュージーランドからの旅行者と少し雑談をし、ビールを飲んだ。
アテネからイスタンブールまでどのように行こうか悩んでいる。@ユーレールパスを使ってギリシャの北にあるテッサロッキニ経由でイスタンブールへA夜行バスでイスタンブールへB飛行機でイスタンブールへCエーゲ海を渡ってトルコのクシャダス経由で
の4パターンだ。トルコにいられる時間は6日間。トルコの次には、オーストリアのウィーン経由でドイツのミューヘンまで行く。

やはり、ギリシャまで来てエーゲ海を見ないわけには行かないだろう。そんな気持ちがフェリーでトルコに向かうことを決定させた。
ゲストハウスに併設されているツアーエージェンシーでフェリーチケットを買った。出発は夜の23:59だ。

 
 

たまたま、ミコノス島へ行く、同じ時間に出発するという、男子学生とフェリーターミナルへ向かう。すると、何のことは無い、私のフェリーがミコノス島などを経由して
サモス島へ行くのだ。そこのフェリーで偶然にもサモス島に行くという、日本人男性にあった。フェリーには日本人は、我々3人しかいなく、まったくツアーとは異なる趣がある。我々は、カーペットの上に横になり、眠った。
サモス島へは、午後の2時過ぎに到着した。そのフェリーであった男性と一緒に宿を探すこととなったが、基本的に、宿自体があまり無い。我々が宿泊できるようなところは2箇所しか紹介が無く、実際にもそのようだ。
しかし、その紹介されたホステルは 1名15ユーロでオーシャンビューのテラス付き。ものすごいいいところに泊まることとなった。


この島は、まるで時間が止まっているようだ。エメラルドグリーの海に真っ白な砂浜、聞こえるのは本当に波の音だけだ。そこを男2人でスクーターを借りて島巡りをしている。この島には「ヘラの神殿」という世界遺産がある。ちょうど島の反対側なので、スクーターを借りていくこととなったのだ。途中にはビーチ、ヨットハーバーとリゾートを絵に描いたような景色が続く。本当にすごい。
しかし、この島は若い人が本当に少ない。年配の方々が本当にリラックスをしに来ている様な島だ。
ゆっくりした時間をすごした後は、いよいよギリシャからトルコへ、ヨーロッパからアジアへの移動だ。
サモス島で、スケジュールを確認してみると、日本人の彼とほとんど一緒だ!というより、私は最終的に6日後までにイスタンブールへ行く。彼もそのようだ。
今回の旅でいつも私はそうだったのだが、ほとんど行く寸前までガイドブックを見ることが無い。フェリーで初めてとるこの本を開き、どこに行こうかと思案することになる。すると、我々の到着するクシャダスから東へ行ったところ(バスで3時間程度)に「パムッカレ」がある。さらにその先 バス10時間ぐらいには 「カッパドキア」がある。ここから我々の強行移動スケジュールが始まった。
クシャダスについた。早速トルコの洗礼を受ける。ギリシャで払ったはずの税金10ユーロが払われていない!というのだ。ギリシャの代理店ではタックス込みというのも確認している。しかし、このチケットには入っていないという。それがギリシャ側 10ユーロ トルコ側 10ユーロなのかはわからない。トルコからギリシャへ電話をする。代理店のやつも分けのわからないことを言っている。ココでは10ユーロを払わなければトルコに入れない。仕方なく払うことになった。ギリシャでだまされたのかトルコでだまされたのかもわからない。
クシャダスには16:00過ぎについた。そこから、バスで「バスターミナル」へ移動し、パムッカレ行きのバスに乗る。しかしバスは21:00まで来ない。

 

ここまでの、世界一周を経て!



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Satoshi Hama
濱 聰  Satoshi Hama

MIZUNOアドバイザリースタッフとして全国にてクリニック/講演開催/テニス雑誌執筆の有名コーチ。3度のオーストラリアテニス留学、オーストラリアサテライト大会出場などの国際経験も豊富で、世界から日本へワールドワイドのアドバイス、レッスンを提供しくれています。
また、その日本離れしたプレースタイル、華麗なサービス&ボレーは一見の価値あり。
(ミズノ契約プロコーチ)
Club-Jでは、ワンディビギナーズ、リフレッシュクリニック、テニスツアーなどで、活躍いただいております。
濱プロの世界一周Webサイト

■MATERIAL Racket:MIZUNO-MS series
Shoes:MIZUNO PRO series
Bag:MIZUNO
■ACTIVITY テニス専門誌『Tennis Clinck』技術解説、写真掲載
オーストラリア留学
オーストラリア国際大会出場
■TENNIS STYLE Service&Volley
■SPONSORED MIZUNO Advisery Staff (1996〜
BRIDGESTONE Pro Staff(1994〜1996)
YAMAHA Pro Staff(1992〜1994)
■ANOTHER LICENSE JAFP ファイナンシャルプランナー
BSAC Sports Diver Licence
NRCA 乗馬4級Licence
SAJ  SKI1級Licence
小型船舶操縦士2級
Jazz Big Band 「リリカル」所属 Alto Sax 担当
日本ウィルネステニス協会 レイティング査定員

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